鹿肉のかきうち

2021/12/20 14:35


 

大阪市内の住宅街にひっそりと佇むビストロがあります。

表の看板にDECCI BAR(デッチバル)と書かれた小さな店内は、こぢんまりとしていてどこか京都の長屋を思わせます。以前は建築事務所として使われていた建物を改装し、当時に使われていた「丁稚場」という名まえをそのまま引き継がれました。

 

シェフの渡辺さんは、2年前に鹿肉のかきうちでジビエの解体技術を学びました。ジビエに興味を持ったきっかけは環境的なことからだと渡辺さんは言います。

 


 

「地球温暖化の原因である温室効果ガスの排出に、牛のメタンガスの割合が高いことを知って驚きました。家畜が増えれば増えるほどメタンガスも増えていく。なんだかおかしいなと。

その点、ジビエは自然そのもの。家畜でなくても自然に育ったおいしい食材があるのなら使ってみたいなぁと。それにジビエは消費することで有効活用にもつながるし、環境にも良いのではと考え始めました。」

 

以前からジビエの存在は知っていたけれど、知り合いに猟師がいたわけでもなく、牛や豚と同じ食肉の一つとして捉えていたと言う渡辺さん。まずはジビエについて知ろうと思い立ったそうです。

 


 

「垣内さんを知ったきっかけは、ネットで『京都 ジビエ』で調べてヒットしたからです。買って食べてみたらすごく美味しくて、すぐに連絡を取りました。解体の方法について学びたい、お金はいらないので働かせてって(笑)」

 

受け入れるがタダ働きはダメだと諭され、アルバイトとして働くことになった渡辺さんは、さっそく京丹波町へ赴き、施設で働く間は京丹波町内に家をレンタル。自然に囲まれた京丹波町は、車を持たない渡辺さんにとって決して便利な場所ではありません。それでも、飲み水を汲みに行ったり、買い物に時間をかけたり、一つのことにゆっくり向き合うことで、心が豊かになったと渡辺さんは言います。

 

「食肉加工施設で行われる作業は、本来料理人には関係のない仕事。でも料理人じゃない人の食材への観点を知ることは、とても大事だと思うんですよね。レストランにはブロック肉が届くだけなので、すべてのお肉に命が宿っていたということを忙しさの中で忘れてしまいがちなので。」

 


 

加工施設での仕事はおもしろかった。同じ肉をさばく方法でも、包丁の持ち方や使い方、目の付け所が全く違い、手がつりそうになった時もあると話す渡辺さん。なかでも印象的だったのは衛生に対する徹底された管理体制だったのだとか。

 

「驚いたのは、皮を剥いだ後に肉の表面に毛やゴミが付いていないかをチェックするのですが、ヘッドライトを付けてピンセットでひとつずつ取り除いていくんです。使った道具も作業ごとにこまめに消毒をしていてびっくりしました。こんなに気をつかっている施設は他には無いと思います。」

 

食材になった状態からスタートする料理人にとって、お肉になるまでの生産過程は知らないことばかり。解体の技術が高いだけではおいしいお肉を届けることはできません。施設内を常に清潔に保ち、道具の洗い方や機械の配置場所、作業内の動線、解体に直接関係するものだけではない、たくさんの工夫によって鹿肉のかきうちが成り立っているのだと知ったそうです。おいしいお肉にするために情熱を注ぐ垣内さんの、ジビエに対する強い愛情を感じたと話します。

 


 

「施設での仕事を通して、鹿肉のかきうちが提供するジビエの特徴にも触れました。垣内さんのお肉はくさみがないのはもちろんですが、状態ごとにランク付けをしているので肉質がいつも安定しているんです。それに技術を磨くだけではなく、設備にもしっかり投資しているのもすごいところです。

 

ジビエはシーズンものなので、生で提供すると販売時期が限られたり保存ができなかったりしますが、特殊な冷凍機を導入されていて、それで冷凍したお肉は解凍して時間が経っても鮮度がよく、ドリップも出ないんです。年中いつでもおいしいジビエを提供できるって、すごいことですよね。」

 

解体作業の他にも捕獲の現場にも同行した渡辺さんは、こう振り返ります。

 

「命が尽きる瞬間にも立ち会いました。とてもつらい現場でしたが、生きていたものを食べるまでの流れが猟の現場にはあり、料理人として、人として向き合っていくことの大事さを改めて感じましたね。」

 


 

食材を提供する料理人にとって、こういった経験は絶対に必要だと話す渡辺さん。お皿の上に彩られた食材にはどんなストーリーがあったのか、信頼できる生産者をこの目でしっかりと確かめることで、何倍も心のこもったあたたかな料理を作ることができると確信しておられます。

 

「垣内さんのところで働かせてもらって、『ふくみ』を持った料理人になれたんじゃないかな。命の現場、食材を見る観点、料理をしているだけじゃ知れないことがたくさんありました。まだまだ知りたい事や勉強したいことがたくさんあります。僕もまだまだ丁稚なんで()。」

 


 

さわやかな笑顔の中に食材への熱い思いと優しさを感じさせる渡辺さん。ぜひ一度彼のあたたかなジビエ料理を堪能しに、大阪へ足を運んでみてください。



DECCI BAR(デッチバル)】

大阪市中央区内久宝寺町2-7-11

Instagram


渡辺佑介(わたなべ・ゆうすけ)

1996年生まれ、京都府舞鶴市出身。

ホテルグランヴィア京都に入社、バイキング、イタリアン、フレンチなどで勤務。ホテル時代の上司の独立に合わせて、2年半で退社し、洋食イタリアンに勤務した後、鹿肉のかきうちでジビエの解体、加工、販売について研修を受ける。研修後は京都北山にある精肉店兼焼肉店、きたやま南山にて3か月の研修を受け、2020年7月1日にDECCI BARをオープン。